Pages

2013/10/19

2013/10/19 あと12日!

 
残るメッセージ1019
Novel by 紅子様

帰宅したのは、午前二時を過ぎた頃だった。
明日に迫ったプレゼンテーションに関する打ち合わせがまとまらず、終電を逃してしまったのだ。
新規プロリーグの立ち上げを誓ってから、片手では足りない年数が過ぎた。
志ある者を募ってチームを結成したものの、思うようにいかないことばかりで、最初の数年はやきもきしたものだ。
何度も案を練り直し、交渉を繰り返して、ようやく半年前に海馬コーポレーションに企画が通った。
企画が通ったことで、今はそれまでとは打って変わり、多忙な日々を送っている。
それでも、鼻で笑うように一蹴されさえしたものが形になっていくのが嬉しくて、目が回るような忙しさが嫌だと思ったことは一度もない。
進行中の企画が実現すれば、デュエルモンスターズを取り巻く環境が大きく変貌することは間違いないだろう。
一緒に頑張ってくれている翔やチームの仲間、何より新しい試みに期待を抱くすべての人々のためにも、必ず成功させなくてはならない。
深夜にまで食い込むミーティングも、それを思えば安いものだ。
――とはいえ肉体とは正直なもので、体中が疲れを訴えている。
倒れこむようにソファに寝転ぶと、どっと睡魔が襲ってきた。
このまま眠ってしまおうかと目を閉じかけたそのとき、視界の隅で点滅する赤い光に気づいた。
さらに、留守録の有無を示すランプが点灯していることにも気づいてしまった。
今日のことは今日のうちに片づける――無視して寝入ることを良としない自身の性格が、こういうときほど面倒くさいと思うことはない。
のそりと起き上がって再生ボタンを押すと、明朗快活な声が部屋に響いた。


『やあ、久しぶり。僕が誰だかわかるかい?わかるよね。そう、今をときめくアイドル決闘者、ブッキーこと天上院吹雪さ――』
先に着信履歴を確認しなかったのは迂闊だった。
彼の電話は長いのだ。留守録時間を最長に設定しなければ、途中で切れてしまうほどに長い。
そして、意外にも吹雪は留守録での無駄話はしない。そのため、軽く聞き流すこともできない。
彼の電話が長くなるのは、ひとえに連絡と連絡のあいだが長く空くからに他ならないからだが、それでももう少し小分けにしてくれてもいいのにと思わないでもない。
忙しさにかけては自身と比べものにならないだろう吹雪からの連絡は、記憶違いでなければ、前回はこちらの企画が通ったと彼に報告した、その折り返しの祝い電話だろう。実に半年ぶりである。
そう思うと、妙に懐かしく思えるのだから不思議だ。何しろ、こちらはテレビで毎日のように彼の姿を目にするうえ、まるで一週間前にも会ったのような口ぶりで話す吹雪の声が再生されているのだから。

天上院吹雪とは、十年来の友人である。アカデミア卒業後、エンタ・プロリーグに所属することになった彼は、期待の新人としてデビューするや否や、瞬く間にトップ・アイドル決闘者へと駆け上がった。
勝率はリーグ参戦当初から安定した高さを保っており、また、人々を楽しませることを信条とする彼のデュエル闘いは、魅せるデュエルとしても一級品といえるだろう。
ステージに上がるたびに毎回新しいカードを取り入れて、相手の意表を突くトリッキーな新コンボを生み出し、それでいてエースモンスターに活躍の場を与え、決して低レベルモンスターを蔑ろにしない。
マンネリを防いで新しい風を吹かせるとともに、定番を崩さずカードの魅力を最大限に高める吹雪のプレイスタイルは、老若男女あらゆる層の人々に人気がある。
――そのために費やした彼の時間と労力は如何ほどのものか。
学生時代、天才的と謳われたひらめきやセンスも然ることながら、デッキ構築や戦術を練るためのカード分析や研究にかける彼の尽力は、相当のものだろう。
弛まぬ努力の上に成り立つ吹雪のデュエルは、その姿を知らずとも自然にひとを魅了するのだ。

いつか吹雪は、熱意は伝えたいが、粉骨砕身する姿は見せられないと溢したことがある。
そのとき自分は、「僕らのデュエルはエンターテイメントでなければならない」と口癖のように言う彼のことだ、影の努力を知られることが恥ずかしいのだろう、敗北すら演出の一部にしてしまう彼らしいと、そう感じたのを覚えている。
しかし、今でこそわかるが、あれはプロの道へ進んだ彼が自分でも気づかぬうちに溢した、わずかな弱音だったのだ。
力を尽くすことが間違っているというわけではない。むしろ、力を尽くさねば実を結ぶことはない。だが、それを相手に知らしめることには何の意味もない。
エンタ・プロリーグの観客が望むのは根性の物語ではなく、華やかで楽しい娯楽である。
だからこそ吹雪は、相手に伝わるべきは熱意だと言ったのだ。
そしてそれは、自身が現在携わっている新規プロリーグの企画も同じだ。

『――ところで、企画のほうは順調かな。亮、君の企画は僕たちプロ決闘者の間でも噂になっているよ。もちろん、僕も楽しみで夜も眠れないくらいさ。あんなアイデア、そう簡単に思いつくことじゃないよね。まったく、君はアカデミアを卒業してからというもの、僕を驚かせてばかりなんだから――』
本気で困っているわけではない、ため息まじりの笑顔が見えるようだ。
アカデミアではこちらが吹雪の挙動に驚かされていたというのに、近頃ではめっきり立場が逆転してしまっているらしい。
『今の君はきっととても疲れきっていて、けれどとてもいい顔をしているんだろうね。大変だろうけど、君の熱意が、相手に伝わることを祈っているよ』
電話に出られなくて、良かったと思う。
くすくす笑いとともに告げられた一言に、柄にもなくじんときてしまったことを悟られては、あの男のことだ、周囲に何を吹き込まれるかわかったものではない。

『――ああ、大切なことを言い忘れるところだった。今年の合同誕生会だけれど、残念ながら僕は行けそうにないんだ。本場イギリスで、毎年ハロウィンの時期に仮装デュエル大会が開かれるのは知っているだろう?そこに招待されてしまってね。どうにも断れない。明日香には僕から言っておくから、亮は翔君に伝えてくれないか――』
一日違いということもあって、吹雪と自分の誕生日を翔や明日香とともに祝うことが恒例となっていたが、どうやら今年はそうもいかなさそうだ。
明日香には悪いが、自分と翔も今月末に休みがとれるかどうか不安なところが大きいのだ。
きっと明日香は顔には出さないだろうが、残念がるだろう。吹雪の誕生日まで二週間を切った今、彼女が何の準備もしていないとは考えづらい。
それを思うと胸が痛むが、吹雪にしても、そして自分のチームにとっても大切な時期だということを承知している彼女なら、わかってくれるはずだ。
この埋め合わせのためにもプロジェクトを上手く軌道に乗せて、五月の明日香の誕生日は盛大に祝ってやろう。

『――そうそう、あともう一つだけ。君ね、どうせこの録音も寝ないで聞いているんだろうけど、ちゃんと睡眠はとりなさい。よく眠れるよう、僕が選んだ質のいい寝具を亮と翔君に買っておいたから、都合のいい日にでも家の者に連絡してくれ。そうしたら、すぐさま君たちのもとへ届けるよう言ってあるから。ちょっと早いけど、僕からの誕生日プレゼントさ。――じゃあ、僕はこれから予定があるから、失礼するよ。また連絡するね。おやすみ』
ふつりと切れた録音の日時は、昨日の午前十時を少し回った頃だった。
この半年、連絡もせず、当然顔を合わせることもなかった。それにもかかわらず、自分が帰る時間を見越した話ぶりは、流石としか言いようがない。
飄々としているようで、しっかり人を見ている吹雪の眼は、学生の頃よりもさらに磨かれているに違いない。
彼からの留守録は、まさに時期に適っていた。
明日のプレゼンテーションに向けて、まさか吹雪から激励を受けるとは。
なんとなく楽になったように思えて、どうやら自身がプレッシャーを感じていたらしいことを知る。

ほっとすると同時に、忘れていた眠気がよみがえってきた。もう限界だ。
眠い目をこすりながら寝室に足を向け、伸びをするあいだにも、一つ欠伸がこぼれる。
時計を確かめてみれば、長針は真下を指していた。
ふと思いついて踵を返す。
留守録の保護ボタンを押すと、今度こそ横になろうとベッドを目指した。


【了】
 
© 2012. Design by Main-Blogger - Blogger Template and Blogging Stuff