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2013/10/24

2013/10/24 あと7日!

 
「明日の」
Novel by El.Knights様

「吹雪」
眩しい日差しが降り注ぐ昼、すっかり寒くなったせいか、いつも人波で溢れているデュエルアカデミアのカフェテリアの外側はからっぽだと言える感じだった。その中で一人、席でティータイムを楽しんでいる人がいる。彼の名前は天上院吹雪。彼は手にしていたコーヒーカップを口元に移した。自分を呼んでいる声の主が誰なのかすでに分っているから決して急がない。熱いコーヒーを思い切り味わってからこそやっと口元からカップが離された。相手はもう一度吹雪に言い出した。
「ちょっといいか」
相手も吹雪についてはよく知っているので、吹雪の相手を無視するような態度-顔を合わせないとか-に対して何も言わなかったし、彼に急かしたりもしない。二人は元々そういう関係だから疑問を持つ必要すらなかった。吹雪は顔を上げる。
「デュエルの話かい?それならちょっと後にしてもらえないかな。すぐ先約だから他の事は考えたくないんだ」
「あ、そんなものではない。今度の週末に少し時間をもらいたいんだが」
デュエルの話でもないのに時間を貰えるだなんて。こういうのは吹雪の記憶によるとほぼあり得ないことである。吹雪はほおづえを突いて考え込んだ。
(ふうん、いちばん無難なのは弟でも紹介してくれるのかなァ…週末の予定はもう決まってるけど、ちょっと無理したら時間は作れそうだけど…一応、聞いてみようか。面白そうなら受ける。でなければ断っても良さそうだし)
考え終わらせた吹雪は向こう側の椅子を指した。それに応じるように亮は席についた。
「時間?なんで?」
亮が席に座ると吹雪はほおづえを突いたまま質問をする。亮は少し戸惑ってから口を開けた。
「その…とある人物にプレゼントしたいのだが、お前…に良く似た人だからお前が選んでくれたら助かりそうだ。他人への贈り物は自信がなくてな」
吹雪は目を丸くした。
(思ったことより面白そうじゃないか。これは絶対女だネ。へぇ、くそまじめかと思っていた亮に女か…これなら一日ぐらい無理してみる価値はあるよネ?)
吹雪は腕を下げ、姿勢を正しく直してにやりと笑った。
「紹介してくれたら」
亮は頷きながらああ、と答えた。
「正午から晩飯の前までならいいよ。プレゼントは陸地で買うんだろ?ここじゃプレゼントしそうなものがないじゃない」
「あ…ああ、そうだな」
亮はそこまでは考えてなかったのか少し驚いた顔で返事をする。吹雪は予想通りだとせせら笑った。
「週末の正午に、船着場で。近くのいい店はないか調べるのも忘れずにネ」
「ああ、では船着場で」
その言葉を最後に、向こう側の椅子に座っていた者はどこかへ去ってしまった。いたずらな笑顔で吹雪は少し冷めたコーヒーカップをまた口元に移した。


約束した当日、太陽がいちばん高い時間に二人は船着場で会って、陸に向った。船から降りた後、亮が準備して置いた地図を手に取ったら吹雪はため息しながら亮の首筋を引っ張った。そのまま三歩くらい移動した吹雪は手を離してまっすぐ歩いた。吹雪から解放された亮は首だけ振り向かせては後ろを見る。そしてすでにずいぶん離れた所で歩いてる吹雪の後を追った。
彼の足が止まったのはデパートの雑貨コーナーだった。
「その人って好きなものとかは知ってるのかい?プレゼントならこういうところが適当かなっと思って来たんだけど。服とか、ま、好みはずれかも知れないから」
「うむ、すまないが分からない。だからお前のお気に入りで選んでほしいんだが。こんなものは俺よりはお前の方がよく知っているのだろう」
「ま、そりゃそうだけど。じゃぁ本当にボクの勝手にするよ?」
「頼む」
話を終えた吹雪は周りにさっと目を通した。雑貨コーナーらしく色んな物を扱うショップでいっぱいだった。彼は一番近いショップから回り始めた。
例えば吹雪が変な物を選んだり、彼が選んだものを亮が「あの人」にプレゼントして問題が起きたとしても亮は吹雪を責めたりはしないだろう。亮はそんな人だ。それを知っている吹雪は適当に目の前にあるカバンを選ぶことで彼との日程を終わらせることもできるはずだった。だが、あの馬鹿は誰が何と言っても天上院吹雪の親友なので、適当という選択肢は頭の中から消すことにした。


色んなショップを回りこれくらいならどんな女性でも素敵と言ってくれそうなものを見つけ亮に見せた時、彼はこう言った。
「お前はそれでいいのか?」
「ま、いいんじゃない?」
肩をそびやかして答えた吹雪は亮の次の言葉に口を止めた。
「本当か?」
(亮様のお気には召さないって事かな?)
それなりに悩んで選んだものだった。これならきっと満足すると予想していた自信はその一言で、それこそ一瞬で粉々に砕けた。このままでは吹雪のプライドが許さない。彼は持っていたものを戻した。こうなった以上亮の方から気に入ったというものを見つける。そう覚悟を決めた吹雪は次の店に向かった。


「お前はそれでいいのか?」
(これで五回目だっけ)
どんなものを選んでも望んだ返事を聞けなかった吹雪は普遍的な、または亮が頷いてくれそうなプレゼントを選ぶという決心を捨てた。
吹雪の足取りは誰が見ても確然に変わった。主に女性ものの前で悩むことがなくなった。彼はただ、ずっとショップを回った。そして、一番に目に入る物を選んで亮に見せながら言った。
「これがいいよ」
「本当に?」
「うん、ボクはこれがいい」
手にとったものをひったくる亮を見て吹雪はにやりと笑った。今回吹雪が選んだものはちょっと前まで見立てていた、普通に人気がありそうな物に少し好みを加えた物とは違った。今度は完全に彼の好みと言えるような男性用財布だった。いくら亮でもそれを女性へのプレゼントにはしないはずだ。前に選んだものの中の一つを選んだり、別の物を探すだろう。
亮は足を運んだ。その行き先はショップの外ではなかった。財布を持ったままカウンターへ向かった亮は素早く代金を払った後、プレゼントの包装をお願いした。予想とは違う反応で吹雪は彼を止めるタイミングを逃し、その間包装が終わったプレゼントはショッピングバッグの中に入って彼の手に落ちた。亮は微笑んだまま吹雪に感謝の言葉を伝えた。そんな彼に「それ、冗談だったよ」と言える勇気は無かった。


「お礼をさせてくれ」
ショップを出た亮は言葉と共に食堂へ向かった。その素早い足取りは吹雪が呼び止める暇さえ与えなかった。時計をちらっと見てまだ時間がある事を確認した吹雪は首を横に振った後、亮の後ろを追った。
食堂へ着いて場所を取った後、亮はメニューを掴み取った。彼は料理を注文し始めた。その内容はお互い好きな食べ物ばかりで、吹雪は異論を持たず、回りのウェートレスたちを見た。
出てきた料理は卓を埋めるほどだった。二人は何も言わず、食事を始めた。いくら美味しい料理を口に入れても吹雪の心の片隅は居心地が悪かった。
その食事時間はすぐに終わりを告げた。ウェートレスはきれいに空けた皿を片付けた後、デザートのコーヒーを二人の前に出した。熱い湯気が上るコーヒーを見た瞬間、吹雪は亮に頼まれたカフェテリアの日差しを思い出した。
(どうせあれに決めたのは亮だし…問題ができてもボクのせいにするような奴じゃないけど…本当にあれでいいのか?本当にボク好みだし…いや、だから頼まれたから選んだには間違いないけど…)
様々なことが頭を巡り、考え事が終わったのと同時にコーヒーカップは唇から離れた。柔らか過ぎる濃いコーヒーの香りが喉をくすぐる。そのせいなのか、
「そこまでボクのお気に入りの物にする必要はないと思うのになァ…」
カップを下ろした吹雪は居心地の悪い原因を小さく呟く。その言葉を聞いた亮は少し驚いているような顔ですぐ微笑んだ。
「まだ分からないのか?」
予想外の台詞で吹雪は亮を見た。
(あんなに気持ち悪いくらいに笑っている事は少なくてもプレゼントの件で怒ったわけではなさそうだけど…)
いくら考えても亮の質問に答えられなかった吹雪は両手を低く持ち上げた。
「降伏、それで何が面白いの?」
「面白いことではない」
言葉と共に亮の顔からは笑みが消える。そして亮は何かを取り出して、吹雪の前に差し出した。吹雪が選んだプレゼントだった。
「明日がどんな日なのか忘れたんじゃないだろう、吹雪。明日は忙しいはずだから前持ってお祝いして上げたかった。お誕生日おめでとう、吹雪」
言い終えた亮は小綺麗に包装できたプレゼントを吹雪の前に置いた。吹雪は複雑な顔でプレゼントを見下ろした。
「おい、こういうもんなら最初からボクへのプレゼントだから直接選ばせたらいいじゃないか。最初みたいにずっと女物を選んだらどうするつもりだったのかい」
「お前がその選択を変えるまでそれでいいのかを聞いただろう。お前にお前自身の誕生日プレゼントを選ばせたら、綺麗な女性をくれとか、とりあえず不可能な物ばかり言い出しそうだったからな。かといって俺が直接選ぶにはどんなものがいいのか分からなかった。できればお前のお気に入りの物をプレゼントしたかっただけだ。こういうところはよく分からないから。どうしても自分で選ぶ自信は無くて…何だかすまない」
ため息を吐いた吹雪は目の前の物を手に取った。最初は亮のためのものだったけど、やけくそで勝手に選んだものがいつの間にか自分の物になっていた。こういう形でプレゼントを貰った事があっただろうか。いや、記憶の中にはなかった。吹雪はニッコリと笑った。
「ま、使わない物よりはましだけど……男にこんなもんもらっても別にうれしくはないネ~」
吹雪は頭を上げて向こう側に座った人を見つめた。彼は微笑んでいた。
「ああ、それでこそお前だ」
「あ〜」
その笑みを見た吹雪は両腕を頭の後ろに回して体を後ろに寝かせた。椅子がきしりと音を立てる。
「亮に一発くらった感じだネ、ちょっとやだな~返しちゃうかな~プレゼント。明後日は君の誕生日だからそのプレゼントとしてネェ」
言葉とは裏腹に吹雪は亮にもらったプレゼントを返すことはなく、亮もまた返してもらうつもりなどないのだと言っているかのようにプレゼントが入っていた紙袋を折りたたんで、鞄に入れた。
「ま、ありがたく受け取っておくよ」




「吹雪」
「ん?」
「いくら俺でもお前みたいな奴が二人いるのはいやだぞ」
「あ、そうかい」
 
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